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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14342号 判決 1985年3月14日

原告

石川正彦

被告

安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

山口吉雄

右訴訟代理人弁護士

渡辺昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五五三万九七三六円及び内金七〇〇円に対する昭和五〇年四月一八日から、内金七〇〇円に対する同年五月一八日から、内金七〇〇円に対する同年六月一八日から、内金七〇〇円に対する同年七月一八日から、内金七〇〇円に対する同年八月一八日から、内金七〇〇円に対する同年九月一八日から、内金七〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金七〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金七〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金七〇〇円に対する昭和五一年一月一八日から、内金七〇〇円に対する同年二月一八日から、内金七〇〇円に対する同年三月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年四月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年五月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年六月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年七月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年八月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年九月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金一八〇〇円に対する昭和五二年一月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年二月一八日から、内金一八〇〇円に対する同年三月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年四月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年五月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年六月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年七月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年八月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年九月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する昭和五三年一月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年二月一八日から、内金二万三一〇〇円に対する同年三月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年四月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年五月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年六月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年七月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年八月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年九月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する昭和五四年一月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年二月一八日から、内金二万四四〇〇円に対する同年三月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年四月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年五月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年六月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年七月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年八月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年九月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する昭和五五年一月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年二月一八日から、内金四万六九〇〇円に対する同年三月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年四月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年五月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年六月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年七月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年八月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年九月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する昭和五六年一月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年二月一八日から、内金四万八四〇〇円に対する同年三月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年四月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年五月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年六月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年七月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年八月一八日から、内金四万九九〇〇円に対する同年九月一八日から、内金四万八九〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金四万八九〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金四万八九〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金四万八九〇〇円に対する昭和五七年一月一八日から、内金四万八九〇〇円に対する同年二月一八日から、内金六万三九〇〇円に対する同年三月一八日から、内金六万三九〇〇円に対する同年四月一八日から、内金六万三九〇〇円に対する同年五月一八日から、内金六万三九〇〇円に対する同年六月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年七月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年八月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年九月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年一〇月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年一一月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年一二月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する昭和五八年一月一八日から、内金六万五六〇〇円に対する同年二月一八日から、内金七万四六八〇円に対する同年三月一八日から、内金七万四六八〇円に対する同年四月一八日から、内金七万四六八〇円に対する同年五月一八日から、内金七万四六八〇円に対する同年六月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年七月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年八月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年九月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年一〇月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年一一月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年一二月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する昭和五九年一月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年二月一八日から、内金八万〇六八〇円に対する同年三月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年四月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年五月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年六月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年七月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年八月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年九月一八日から、内金八万五六八〇円に対する同年一〇月一八日から、内金七万六二八〇円に対する昭和四七年一二月一五日から、内金一三万九六八〇円に対する昭和四八年六月一五日から、内金一〇万五〇〇〇円に対する同年一二月一五日から、内金一六万七七九六円に対する昭和四九年六月一五日から、内金一六万七七九六円に対する同年一二月一五日から、内金一八万四四六〇円に対する昭和五〇年六月一五日から、内金一八万五四九六円に対する同年一二月一五日から、内金一九万一三七六円に対する昭和五一年六月一五日から、内金三九万三七七六円に対する同年一二月一五日から、内金四五万六二一六円に対する昭和五二年六月一五日から、内金三五万六一七六円に対する同年一二月一五日から、内金三五万六六一六円に対する昭和五三年六月一五日から、内金三四万八二一六円に対する同年一二月一五日から、内金三七万七二一六円に対する昭和五四年六月一五日から、内金五四万六六一六円に対する同年一二月一五日から、内金五六万五六一六円に対する昭和五五年六月一五日から、内金六〇万八六一六円に対する同年一二月一五日から、内金六三万五六一六円に対する昭和五六年六月一五日から、内金六六万〇六一六円に対する同年一二月一五日から、内金七六万七一七六円に対する昭和五七年六月一五日から、内金七一万四三七六円に対する同年一二月一五日から、内金七一万六二七六円に対する昭和五八年六月一五日から、内金七一万六二七六円に対する同年一二月一五日から、内金七一万六二七六円に対する昭和五九年六月一五日から、内金六九万三六七六円に対する同年一二月一五日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は信託業務等を業とする会社である。

(二)  原告は昭和二六年四月被告に入社し、以来被告の従業員として勤務しているものである。

2(一)  被告は、その給与規定において、毎年四月一日に昇給を行うものと定め(一一条)、また、その就業規則において、会社の業績及び勤務成績により賞与を支給することがある旨定めている(三三条)。

この昇給(「第一本俸」加算という形で行われる。)・賞与の支給額は最終的に被告の人事考課に基づき決定されるが、被告は毎年原告の所属する安田信託銀行従業員労働組合との間で、右人事考課上「標準者」と評価された者に対して支給する昇給・賞与の額について、労働協約を締結している。

(二)  また、被告は、従業員につき資格制度を設け、人事考課に基づき上位資格への昇進、すなわち昇格を行っているほか、各資格に対応して、資格給と職務手当を支給している。

3  原告は、被告に入社後、外国部、営業部、証券部等を経て、昭和四六年以降、財産管理サービス室(昭和四六年二月~昭和四八年二月)、証券部投資顧問室(昭和四八年九月~昭和四九年一一月)、検査部企画係(昭和四九年一二月~昭和五一年八月)、証券代行部代行課監査班部長付(昭和五一年八月~昭和五四年四月)、証券代行部書換課(昭和五四年四月~現在)にそれぞれ配属されたが、そのいずれの部署においても与えられた職務を誠実に履行し、かつ、一般経済、会社経営、会社業務全般に関する広範な知識と優れた識見及び会社経営に対する積極意欲を示し、仕事の面で他から指摘を受けることもなかったし、欠勤等もなかった。

このような原告の職務遂行能力、勤務態度等からすれば、原告は少なくとも昭和四六年以降、被告の人事考課上「標準者」として扱われて然るべきであったし、また、資格面では、昭和五二年四月一日には主事に、昭和五四年四月一日には参事補に、昭和五七年四月一日には副参事にそれぞれ昇格して然るべきであった。

4  しかるに被告は、人事考課上原告を不当に低く評価し、原告に対し、昇給・賞与、昇格の面で次のような差別的な取扱いをしてきた。すなわち、

(一) 昇格・賞与の面において原告を「標準者」未満として扱い、昇給については昭和五〇年四月以降別表(略)(一)の(1)欄記載の、賞与については昭和四七年一二月以降別表(二)の(1)欄記載の各金員しか支給しなかった。

(二) また、原告を昭和三九年八月副主事に昇格させて以来現在まで昇格させず、別表(一)の(4)欄記載の資格給及び同表の(7)欄記載の職務手当しか支給しなかった。

5(一)  昇給・賞与に関する被告の右の如き取扱いは、被告と安田信託銀行従業員労働組合との前記労働協約に違反し、債務不履行に当たるものというべきである。

然らずとするも、被告の右取扱いは、昇給・賞与に関する原告の期待権を侵害したものとして、不法行為に当たるものというべきである。

したがって、被告は原告に対し、右債務不履行ないしは不法行為により、昇給については昭和五〇年四月以降昭和五九年一〇月までの間、賞与については昭和四七年一二月以降昭和五九年一二月までの間、「標準者」が支給を受けた昇給・賞与(それぞれ別表(一)の(2)欄及び別表(二)の(2)欄記載のとおり)と原告が支給を受けた昇給・賞与(それぞれ別表(一)の(1)欄及び別表(二)の(1)欄記載のとおり)との差額(昇給については別表(一)の(3)欄、賞与については別表(二)の(3)欄記載のとおり)を支払う義務があるものというべきである。

(二)  また、昇格に関する被告の前記の如き取扱いは、昇格に関する原告の期待権を侵害したものとして不法行為に当たるものというべきである。

したがって、被告は原告に対し、右不法行為により、原告が前記3のように昇格したら得られたであろう資格給、職務手当(それぞれ別表(一)の(5)欄及び同表の(8)欄記載のとおり)と原告が支給を受けた資格給、職務手当(それぞれ別表(一)の(4)欄及び同表の(7)欄記載のとおり)との差額(資格給については別表(一)の(6)欄、職務手当については同表(9)の欄記載のとおり)を支払う義務があるものというべきである。

6(一)  被告において賃金は、毎月一日から月末までの分を当月一八日に支給することとされていた。

(二)  また、被告において賞与は、毎年一月から六月までの分及び七月から一二月までの分を、査定により、それぞれ六月一五日及び一二月一五日に支給することとされていた。

よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1(一)(二)、2(一)(二)の各事実はいずれも認める。

2 同3の事実のうち、原告の被告における勤務部署の変遷に関する主張は認めるが、その余は否認する。

3(一) 同4冒頭の事実は否認する。

(二) 同4(一)(二)の各事実は認める。

4(一) 同5(一)の事実のうち、別表(一)の(1)ないし(3)欄記載の金額(但し、(2)欄の昭和五八年三月以降の分は除く。)及び別表(二)の(1)ないし(3)欄記載の金額(但し、(3)欄の昭和五一年一二月、昭和五二年六月、昭和五五年一二月、昭和五六年六月、同年一二月の分は除く。)は認めるが、その余は否認ないしは争う。

(二) 同5(二)の事実のうち、別表(一)の(4)ないし(8)欄記載の金額は認めるが、その余は否認ないしは争う。

5(一) 同6(一)の事実は認める。

(二) 同6(二)の事実のうち、賞与の支払日については争わない、その余は認める。

(主張)

1 企業における勤務能力の評価は、企業の業務について各従業員がどのように寄与したかを評定し、この寄与の程度に応じ処遇しようとする目的のもとに行われるものであるから、評定は当然のことながら被評定者以外の者によって行われる。また、この評定は企業の将来にわたってその業績に大きな影響を持つものであるから、評定者の恣意的な判断を排し、的確かつ客観的な評価が行われるよう、制度としての考課のシステムが設けられるのが一般である。被告も、かかる観点から、「人事考課要領」を定め、評定者、評定基準等を定め、評定の公正な運用を期している。

2 被告の原告に対する評定も全てかかる「人事考課要領」に基づき公正に行われたものであり、そこに何ら違法、不当な点はない。

右人事考課によれば、原告が本訴において主張している期間の原告に関する昇給・賞与の評定結果は全て「標準者」未満であった。これは、その期間原告が責任をもって事務を処理しようとせず、また、組織の中で自分の地位や職務を正しく認識して同僚、後輩、上司と協力して仕事を進めようともせず、常にその周囲の者とトラブルを起こしたり、異常な言動に及んだりしたためである。

また、昇給は上級資格者としての職務遂行能力を有すると評定された者に対して行われるものであるから、現在の資格において「標準者」の評定に止まっている者は上級資格者の職務遂行能力があるとは認められず、昇格することはできないところ、原告は右にみたように現在の資格(副主事)においてすら「標準者」未満の評定しか受けていなかったのであるから、到底昇格が認められるような状態ではなかったのである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これらを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実

請求原因1(一)(二)及び同2(一)(二)の各事実、同3の事実のうち原告がその主張のとおり勤務部署を変遷してきたこと、同4(一)(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  債務不履行に基づく昇給・賞与の差額請求について

原告は、被告の人事考課上自己は「標準者」と評定されて然るべきであるとして、被告が昇給については昭和五〇年四月以降昭和五九年一〇月までの間、賞与については昭和四七年一二月以降昭和五九年一二月までの間、それぞれ「標準者」に支給された昇給・賞与の額に満たない金額しか原告に支給しなかったのは、昇給・賞与の支給額に関する被告と安田信託銀行従業員労働組合との前記労働協約(請求原因2(二))に違反し債務不履行に当たると主張する。

しかし、右労働協約は被告の人事考課上「標準者」と評定された者につき、労使間で合意された昇給・賞与の額を支給すべきことを被告に義務付けるものではあっても、人事考課上の「標準者」基準を設定し、これに該当する者を「標準者」と評定すべきことを被告に義務付けるものではないから、被告が原告を「標準者」未満と評定し、「標準者」に支給される昇給・賞与の額を原告に支給しなかったとしても、それ自体をもって右労働協約に違反するものということはできない。そして、誰を「標準者」と評定するかは、原告も自認するように、被告の人事考課によるものであり、右人事考課は、その性質上被告の広範な裁量に委ねられているものと解すべきであるから、被告が原告を「標準者」と評定しなかったとしても、そのことをもって原告に債務不履行があったとすることもできない。

したがって、他に特段の主張、立証のない本件において、原告の昇給・賞与の支給につき被告に債務不履行があったとする原告の主張は失当といわなければならない。

三  不法行為に基づく昇給・賞与・昇格の差額請求について

前記のように、企業の行う人事考課は、その性質上当該企業の広範な裁量に委ねられているものと解されるが、かかる人事考課といえども査定の方法が合理性を欠くなど、恣意的にこれをなしたと認められるようなときは裁量権を逸脱したものとして違法となり、不法行為を構成するものというべきである。

これを本件についてみるに、前記当事者間に争いがない事実と、(証拠略)によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  被告における昇給・賞与・昇格は、前記のとおり「標準者」に支給すべき昇給・賞与の額が被告と安田信託銀行従業員労働組合との労働協約において決定されるほかは被告の人事考課に基づいて行われるが、被告は、かかる人事考課の公正を期する目的から、「人事考課要領」なるものを定め、統一した基準により従業員の能力、態度、適性等を評定、把握することとしている。

2  右「人事考課要領」によれば、被告における能力評定(昇給の有無、額等を決定する重要な要素となる。)、賞与評定、昇格評定は、概要、以下のようなものである。

(一)  能力評定

原則として毎年一月一日現在で過去一か年を対象として行う。

評定者は被評定者を担当する上司三名(被評定者の職位、所属部課によって多少の違いがあるが、原告の場合は、課長、次長、部長)が、下位から順に一次評定者(丙)、二次評定者(乙)、三次評定者(甲)として、それぞれ独立して評定を行う。

評定内容は狭義の能力評定と実績評定とから成るが、このうち狭義の能力評定は各資格(下位順に、書記、主事補一級、主事補二級、副主事、主事、参事補、副参事、参事)に要求される職務遂行能力をどの程度発揮したかを実績を通して把握するものとされ、具体的には、知識、判断、創意企画、交渉折衝、指導、責任、協調、積極意欲、統率、教育の各項目ごとに(但し、後二者は専任職の場合評定不要とされる。)、抜群、優秀、普通の上、普通、不十分のいずれにあるかを評定し、最後に右の各項目の評定を踏まえて総合評価として抜群(五〇~四五点)、優秀(四四~四〇点)、普通の上(三九~三五点)、普通(三四~三〇点)、不十分(二九~二〇点)のいずれにあるかを点数で表示するものとされている。また、実績評定は、考課期間について、その職務を担当させるに当たって何を期待したか、その期待にどの程度応えたかを評定するものとされる。

右の狭義の能力評定において普通と評定され、かつ長期の病気欠勤等のない者が、被告と安田信託銀行従業員労働組合との昇給に関する労働協約上、「標準者」と呼ばれる。

(二)  賞与評定

評定は年二回、能力評定における三次評定者(甲)が、一次、二次評定者(丙、乙)の意見を徴して行う。

評定は、実績に基づき、当該資格のどの程度に位置付けられるかを、プラス三、プラス二、零、マイナスの五段(ママ)階に分けて評価することによって行うものとされる。

このうち、零と評定された者で、かつ長期欠勤等のない者が、被告と安田信託銀行従業員労働組合との賞与に関する労働協約上、「標準者」と呼ばれる。

(三)  昇格評定

能力評定における三次評定者(甲)が、毎年一月一日時点において、被評定者が直上資格に要求される職務遂行能力をどの程度備えているか(昇格の期待可能性の程度)を評定するものとされ、具体的には能力評定と同一の、知識、判断、創意企画、交渉折衝、指導、責任、協調、積極意欲、統率、教育の各項目ごとに、A(すぐ上の資格の能力を完全に備えている。)、B(すぐ上の資格についての能力をほぼ備えている。)、C(本人の努力次第で今後すぐ上の資格についての能力を備える可能性がある。)、D(すぐ上の資格についての能力を備える可能性がない。)のいずれにあるかを評定し、最後に右各項目の評定を踏まえて総合的にみて被評定者が右のA、B、C、Dのいずれに位置するかを評定するものとされる。

3  原告についても、右「人事考課要領」に基づき人事考課がなされてきた。それによると、原告は、昭和三九年八月に課長代理(副主事)に昇進したころまでは「普通」との評定を受けていたが、それ以降からはほとんど低い評定を受けるようになり、昭和四九年以降は、前記の狭義の能力評定はほとんどの項目が「不十分」とされ、その総合評価においても全部で二十数名関与した評定者のうち一名の者により一回「普通」と評定されたほかは全て「不十分」と評定され、点数も最低点(二〇点)に近いことが多かった。また、賞与評定は全て「マイナス」と評定され、昇格評定の総合評価においても全て「D」とされた。

かかる考課に際し特に共通して指摘されていたのは原告が仕事に対する意欲と周囲との協調性に欠けているということであった。現に原告は、昭和五五、六年以降をとっても、休暇の取得、遅刻、早退等が他の従業員に比較して非常に多く、仕事を与えられても「目が痛い」「手が痛い」などと称し、これを全うしようとしないことが多かった。また、上司の命令・指示・注意等に対して素直に従うことがほとんどなく、逆に気にさわったことを言われると、上司に対しても「きさま」「てめえ」「この野郎」などといった暴言を吐くことが時々あった。さらに原告は、他人の迷惑も考えずに仕事中の者にあれこれと話しかけたり、上司に対して自分の意見等を記載したメモを頻繁に送りつけたりするなど、自己本位的、独善的傾向が強く、ために他との協調を欠くことが著しく、現在周囲の者は原告とまともに口を聞(ママ)こうともしないのが実情である。

以上のとおり認められる。

右認定の事実によれば、被告の人事考課の基準、評定の方法には特段不合理な点は見受けられないし、また原告が、その主張の期間(昇給については昭和五〇年四月以降昭和五九年一〇月、賞与については昭和四七年一二月以降昭和五九年一二月、昇給については昭和五二年四月以降昭和五九年一〇月)、被告の人事考課上、能力評定において「不十分」、賞与評定において「マイナス」、昇格評定において「D」の各評定を受け、それに見合う昇給・賞与の支給しか受けず、昇格もされなかったのは、原告自らの前認定のごとき低位の職務遂行能力と勤務態度等によるものというべきであり、被告の恣意的ないしは不当な考課によるものではないというべきである。そして、他に被告の人事考課が裁量権を逸脱してなされたと認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張も失当といわなければならない。

四  そうすると、原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

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